■第21回受賞作品



『月しるべ』



市原 千佳子 氏

 

『月しるべ』 砂子屋書房 刊  発行:2011年4月21日

1951年沖縄県宮古島市池間島で生まれる。1959年那覇市に移り住む。

1970年進学のために上京。詩作を始める。2004年小学校教諭を辞し、郷里へUターンする。

著書
詩集「鬼さんこちら」(青磁社)(1975年)
詩集「海のトンネル」(修美社)(山之口獏賞)
詩集「太陽の卵」(思潮社)(1992年・沖縄タイムス芸術選賞奨励賞)
詩集「新選・沖縄現代詩文庫(1)市原千佳子詩集」(脈発行所)(2006年)
エッセイ集「詩と酒に交われば」(あすら舎)(2007年・平良好児賞)

■受賞のことば

十九年ぶりの詩集という、詩の書き方すら忘れてしまった程の時間の果ての、この『月しるべ』に、大層な賞を賜り、光栄幸甚に存じます。

実は、この受賞の電話をいただいた時、「あっ、シンクロした」と直感しました。ちょうど、『わたし、少しだけ神さまとお話できるんです』という本を

読み終えたばかりで、 私はこの著者に逢いに行きたいという想いを胸の中で膨らませていました。その方は福岡市在住でしたから、久留米市

からのありがたいお知らせは、本当に神秘的な驚きでした。「あっ、福岡県がわたしを呼んでいる!」という確信がイナズマのように走りました。

 

私は常日頃から、どんなに偶然にみえる出来事でも、すべて必然の糸が絡み合ってその人に寄ってくると考えています。この度の神秘的必然を

創ってくださった、丸山豊記念現代詩賞実行委員会と選考委員の先生方に、この驚きと感動をお伝えし、深い感謝の意を表します。ありがとうございました。

私がなぜ詩や文章を綴るようになったかというと、おそらく、小学校低学年に転校した折、突然吃音症を発症したことに由来していると考えています。

その私の言語環境のおかげで、割合早くから、「他人と喋らないほうが楽。一人でいる方が楽。他人に頼らない。自分だけが頼り。」ということを体験で

悟ってしまいました。同年代の子どもと遊ぶ楽しさを私はあまり知りません。喧嘩も知りません。誤解されても、ことばで表現できないので、ほったらかして流しました。

 

昨今は「絆」ということばが重要視されていますが、小さい頃からの癖で、私には他者と繋がっていたいという願望がさほどありません。

しかしながら、喋らないと思いは溜まっていきます。ですから、この溜まっていく思いを、口唇からではなく手から、つまり書きことばへの変換は、

私にとりましては、ごく普通な必然的な行為でした。

このような書くことへの個人的なきっかけが、成人して四十年も持続しているのは、国木田独歩のことばを借りるなら、「喫驚(びっくり)したいといふのが僕の

願(ねがひ)なんです。不思議なる宇宙を驚きたいといふ願です」ということに尽きるだろうか。

人間をとりまく世界は、人間に何をか発見させようと、びっくりさせようとけしかけているような気がしてなりません。あらゆる存在や出来事は、その暗示であり

暗号であると捉えています。詩人は、その暗示や暗号と常に対面しなさいと、ひょっとしたら神さまに命じられているのかもしれません。そう思うと、詩を書 くこと

にワクワクします。生きることが面白くなってきます。

物たちとの対面の仕方として一つだけ気にしている事は、ディテール。細部です。そこに五感も語感も会わせます。二十六年前、私は『海のトンネル』という詩集を

出しましたが、その折りに、飯島耕一さんに「細部を書いて行きなさい」という助言をいただきました。それ以来、「細部」という単語は、詩想を膨らませる導きとなって

います。物の原子や生き物の細胞は全体と同じ構造をしています。そのことと全く同じことが「細部」にも言えます。「細部」は縮小版、ミニチュアだと思います。

「細部」は、巨大なもの深遠なもの根源的なもの、それら目に見えないものとの関係性を秘めて、そっと、いいえ、けしかけるように存在しているのではないでしょうか。

その関係性の秘密を見破ることが、詩人の仕事なのかもしれません。フローベルの有名なことば。「神は細部に宿り給う」。詩のことばはまさに神業を求められているという事なのでしょうか。


私は七年半前に、三十五年暮らした東京を引き上げ、故郷の池間島にUターンしました。池間島は、沖縄本島からさらに二、三百キロメートル南下した所にあります。

もともと半農半漁の島で、周囲が五、一キロメートルしかない小さな島です。現在は老人ばかりの島になってしまい、細々と砂糖黍やサツマイモやラッ キョウが栽培

されています。私も見よう見まねで、先祖が残してくれた畑で時々あそばせてもらっています。


文学的には、沖縄県二大紙のひとつ、沖縄タイムスの「詩時評」を二年半続けてきましたが、今年その任を終え、批評することの苦しさから解放されて、ほっとしているところです。

今、私が情熱を注いでいるのは、三年半まえに創刊した『宮古島文学』です。やっと八号までこぎ着けることができました。この同人誌を持続・充実させることが私の使命だと自覚

している今日この頃です。 本日は本当にありがとうございました。

 

 

 

 



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